心理的健康について 第28回 [2001/07/03]

第6章 体験の解釈の仕方(8)

 苦しみを癒そうと思ったら、この人のように解釈するのはいいが、そのあとの実行である。実行をともなわない解釈は人の心を癒さない。何もしないでただ解釈だけで自分の苦しみを癒そうとしても無理である。これは生き方の基本である。有名な精神家医カレン・ホルナイが神経症的要求の特徴の一つとして「それにふさわしい努力をしないで、それを要求する」と言うのをあげている。このことについてはすでにだいぶ前にこの心理的健康のところで書いているから参照して欲しい。

 この筆者の弟は事故で足をなくした。そして元気で暮らしている。だから自分も幸せになれるはずだという解釈である。しかし足を失った弟は絵をかいている。筆者のほうは体をつかっていない。
 私はノイローゼの特徴は躊躇ノイローゼに限らず真剣に具体的な解決策を考えないということだと思っている。だから似非宗教集団がはやるのである。具体的な解決策を考えない人が集まる。
 悩んでいる人は、具体的に自分の生活を変える努力をしない。具体的に自分の生活態度を変えること考えない。「朝、一時間早く起きる」という様な具体的に何かを変えるということをしない。具体的に生活方針を変えるということをしない。

 この筆者は、「自分の条件にかなった目的をもって生きること」と書いているなら、これを始めればいい。しかしこの筆者は最後まで自分の目的をもてない。この人は「人生にあきるな!倦怠するな!」と書きつつ、自分は人生に死ぬほど倦怠している。最後まで解釈だけである。だから苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて、悩んで、悩んで、悩み抜いて、悶え死んだのである。
 最後には「女をみんな殺したい!」とまで書いて死んでいった。そこまで人を恨んで死んでいった。表面を見れば家族に囲まれ、大きな家に住み、地域社会の人が尊敬するステイタスを得て、お金に不自由なく暮らして、それでいながら「女をみんな殺したい!」と書いて死ななければならなかった。
 嘆いているだけで実際に物事にとりかからないのは心の葛藤のためである。道が遠いのを嘆いているだけでは何時になってもつかない。先ずはじめの一歩を踏み出すこと。



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加藤諦三、加藤諦三研究室