心理的健康について 第9回 [2001/01/18]

第3章 神経症者の要求の特徴1(2)

 ではなぜ神経症者のする要求は心理的に健康な人と違って非現実的なのか。
 それは神経症者が現実の世界に生きていないからである。自分が現実に生きていないから、他人に理想を求める。現実の自分を省みない。この自分なら相手はこれで仕方ないと言う考えがない。心理的に健康な人は「自分だって、そうするよ」と思うから、相手の言動を許せる。
 また別の言い方をすれば、自分がないから要求が極端になる。幸せになりたいけど、どう幸せになりたいか分からないから神経症者の求めるものは非現実的になる。結婚したい。でもどんな結婚がしたいかが神経症者にはない。神経症者は結婚ばかりでなく何事も抽象的に「なりたい」のである。
 この人と一緒にいたい。そこで結婚したいと言う気持ちになる。この「結婚しよう」という気持ちがエネルギーを生み、幸せを生む。その瞬間が先に繋がる。それが心理的に健康な人である。
 神経症者は夢も非現実的である。それは「現実のむなしさを埋めるための夢」だからである。「私はリンカーンになりたい」という夢である。そしてリンカーンになったら人に愛されると神経症者は思う。人は、抽象的に「なりたい」人にはなれない。
 
 自己実現する人は現実の願望を持つ。給料を「このことに使う」と言う目的があるから、給料の要求が現実的になる。日常生活でお金を使う目的がなければ、非現実的なほど高い給料をもらおうとする。心理的に健康な人で自己実現をしている人は、苦しくても努力すれば手に入る目的を持つ。
 神経症者は具体的な目的がなくて、愛されることが望みだから、非現実的な目的になる。「リンカーンになったらなー」となってしまう。現実に手にはいる人ではなく、とてつもない人になることを望む。

 よく「自分なんかは、、」と言う劣等感を持っている人が、「人類を救済したい」と言うようなとてつもない望みを持つ。そのギャップに周囲の人は驚く。ではなぜ「自分なんかは、、」と言う様な劣等感の激しい人が「人類を救済したい」と言う様なとてつもない望みを持つのだろうか。
 それは神経症者が現実の競争を避けているためである。今の現実では誰も自分を相手にしてくれない。リンカーンになったら人は相手にしてくれる。そこで「リンカーンになったらなー」となってしまう。現実に自分の周囲にいる「あいつのようになりたいなー」では、「あいつのようになれない」自分を確認するだけである。自分の負けを確認するだけである。それでは二重に苦しい。



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加藤諦三、加藤諦三研究室