失敗を恐れる人は、過程でなく結果ばかりを重んじている。
恥ずかしがり屋の人は失敗を恐れるというが、恥ずかしがり屋の人も過程に注意を向けないで結果ばかりを気にするからである。過程に目を向ければ、「あそこでいい原稿が書けなかったけれども、自分としてはよく調べて書いたものだ」と自分の努力を高く評価する気持ちになるはずである。「あいつと喧嘩してしまったけれども、よくあそこまで我慢をしたものだ」と、自分に感心するはずである。決して「俺には人間関係をうまくやっていく能力はない」などと自分に絶望したりしない。
つまり、「最終的には成功しなかったけれども、とにかくあの悪条件の中でよく頑張った」という気持ちになる。鬱病者のように極端な解釈をする人は、やはり過程ではなく結果ばかり注意を向けている人たちなのであろう。