加藤諦三の言葉 第234回 [2005/12/26]

恋愛感情に溺れている時。  
「性格が決める『つらい愛』『楽しい愛』」「三笠書房」


恋愛感情に溺れている時、人間は自分を美化する。しかし権力欲に溺れている時、人間は自分を隠す。なにか国のためとか、
世の中のためとかいってごまかすそれだけに、恋をして相手に尽くしている時が人間はいちばん危険なのである。
なぜなら、自分は「よい人」なのだから、「よい人」は何をやっても許される。
 「よい人」とは「よい人」であって「悪い人」ではない。尽くしているかぎり、自分は悪くなり得ないのである。
自分はあやまちを犯し得ないのだ。それゆえに、自分本位の考え方からどうしても抜けきることができない。自分は尽くしている
かぎり絶対に「善」なのだ。
 絶対善は、自分の立ち場の絶対化である。自分の立場以外の立場はこの世にはないのだ。したがって恋におかしくなった女は、
相手の立場を考えられない。先の例のごとく、嫌われているとわかっても、なおかつ「私はあなたに嫌われることが悲しい」と
手紙を書くのである。愛することは手紙を書かないことだということは、彼女にはどうしても理解できない。それは、あたりまえである。
尽くすことはいいことだ、などという誤った考えが日本にはびこっているのだから。



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