加藤諦三の言葉 第229回 [2005/11/24]

 甘えを排するとは?
「性格が決める『つらい愛』『楽しい愛』」「三笠書房」


 甘えている人間は、自分が望んだということをなかなか認めることができない。それは、自分の苦しみに、自分が責任を持てないからである。
自分の苦しみの 原因は、この自分なのだということを認められないからこそ、人に恩を着せるのである。
 本当の姿はこうなのだ、自分はそれがほしい、しかし、そのためには大変な苦労がいる。
しかし自分はそれを望んでいるのだということを認めてしまえば、そ の苦労に対して、誰にも文句がいえなくなる。
 それで「望んだのは俺ではない。おまえなのだ」というのである。「望んだのは俺ではない。おまえなのだ」となれば、自分のしている苦労に対して、どんな に文句をいったって、愚痴をこぼしたっていい。
「おまえが望んだからこそ、こんなにひどい目にあっているのだ」と、ひどい目にあっていることについて、他人を責められる。
 自分が相手に「これこれのことをしてやりたいからこそ、いま、自分は苦労しているのである。
けっして相手がしてくれと望んだのではない。この俺が望んだ のだ。この苦しみの原因は、この俺なのだ」――これが、甘えを排するということである。
 


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