加藤諦三の言葉 第224回 [2005/10/14]

 この人ならその醜い点をも含めて愛していかれる。
「性格が決める『つらい愛』『楽しい愛』」
「三笠書房」


 人間はすばらしい恋人に出会うことによって救われるのではなく、自分がこの人ならその醜い点をも含めて愛していかれるという人に出会った時、初めて救わ れるのである。しかし、人間はそこまで成長できるものであろうか。  だから、俺はこの女を愛すると決めることである。なぜこの女を愛したのか? と人に聞かれたら、愛することに決めたから愛しているのだ、という言い方が できる時に救われる。  この女の人は、控えめなんだからだとか、この男性は勇気があるから、というような人は、いつか必ず滅びてゆく。男も女も、やがて控えめを失い、勇気を失 う。もし失われないとしても、それが当然のこととなる。どんなに命の危険まで冒して愛されたとしても、人間は必ずそれを当然のこととして受け取る時期があ るのだから、そして、やがてその命がけの愛にさえ不満になる。人間の欲にはきりがない。  どのような愛も、人間の欲やわがままを永続的に満たすことはない。人間は自分で自分を救う以外にはないのだ。


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