もし周囲との相互依存関係を脱した愛があるとすれば、それこそ真の愛であるが、きわめて反社会的な愛となるだろう。
われわれは、われわれの相互依存関
係、場の均衡を乱さない愛を認めることができても、われわれの関係を乱す愛は社会が抹殺する。
われわれがわれわれの周囲の愛を認め、祝福するのは、その愛
がわれわれの生活環境を乱さず、かえってその関係を補強するからである。
そうした意味で、他人の愛を祝福するのは、なんともいやらしい面がある。
人間がきれいな顔をしてやることの中にはたいてい、いやな面がどこかに隠されている。
いつの世でもウソを見せてくれる人は“きれい”で、本当のことを見
せてくれる人はいやなものである。