私たちがこれが欲しい、あれが欲しいと求めている形は、そのもの自体としては意味がないことがある。
私たちはその形をとおして自分の心の満足を求めてい
る。
だから今あなたの心が満足していたらきっと何もいらないと思えるはずである。
「これが欲しい!」「あの人がいなかったら」と言っているときは、それが手に入れば、もしくは叶えられれば、
この虚しい気持ち、寂しい気持ち、この不愉快
な気持ちが解決できると思っている。
形に依存するのは、そうした心の渇きを満たしてくれるのが形だと思っているからである。
しかし形は愛の代償的満足しか与えてくれないのである。
私たちは一見、形の中で生きていると思っているが、本当はすべて心の世界に生きている。
毎日の生活のほとんどは掴むことのできない出来事で作られているとも言える。
つまり心の世界で生きている。
ペットを飼うなどということも、それは形としては残らない。
しかし、ペットとの心のふれあいという心の安らぎを得ることができる。
これは仏教で言えば「空」ではないかと私は解釈している。
「空」とは何にも無いことではなく、心の動きと私は考えている。
つまり人生は「空」なのである。