「あんなことばかりしているからあの会社は駄目なんだよ」とか「あんなことばかりしているからあの上司は駄目なんだよ」と自分では何も実現していないのに偉そうなことばかりいう人がいる。そう言う人は実は自分が自分に不満なのである。人は不満なときにそういう批判的言動をする。
彼は苛立っている。適切な目標があって自分が楽しければそんな会社や上司のことをいちいちかまっていられない。その様に会社や上司を批判する時、自分が偉くなった気持ちになる。だからそう言う偉そうな口をきくのである。
彼はまともな人なら自分を考えて恥ずかしくてしょうがないようなことを得意になって言っている。しかし彼はそう批判することで心が一時安らぐ。しかし実は彼は心の底で「その会社」や「その上司」が羨ましいのである。
「この人、自分の事をどう考えているんだろう?」「この人、自分の事を何様と思っているのだろう」と思われる人がいる。何の実績もないうちから偉そうな口ばかり聞く人である。これが神経症的自尊心の強い人々である。
そして「自分の事を何様と思っているのだろう」と思われる神経症的自尊心の強い人は周囲の人とうまくいっていない。もし周囲の人とうまくいっていれば、たとえそう言う口をきいても「あいつも面白い奴だ」とか「可愛い奴だ」などと思われるのである。
こういう人々はカレン・ホルナイが言う様に本当の自信をつける機会をもてないまま年をとってしまった人達なのである。
農家のおじさんが改良したリンゴの種類を作って農林大臣賞をもらったとする。そして自信を持った。自信というのはその人の経験が原点になければならない。その上でリンゴの木の林の中でゴザの上に座っている。だからゴザが宝石のイスになるのである。
神経症的自尊心を持つ人は宝石のイスに座ることで自信を持とうとするから何時になっても自信が持てない。
神経症的自尊心をもとにした自己栄光化は彼にとっては心の葛藤を解決する手段なのである。毎日が居心地が悪い、だから自己栄光化によって自分の城を作りたい。居心地の良い自分の場所を作りたい。
普通自分の城を作ろうと思えば、土台を考える。この場合で言えば例えば心理的成長、或いは人脈等などである。自分の弱点を知り、長所を知ろうとする、それで強固な城が出来る。しかし神経症的自尊心を持つ者は毎日が不安だから、それらを見ないでとにかくお金と力等などで城を作ろうとする。
だから失敗が恐ろしい。「失敗したら?」と恐れるのは成功によって心の葛藤を解決しようとしているからである。「周囲の人達は、自分をこう扱うべき」と思うのは、それが心の葛藤を解決するからである。従ってこうありたいという目標ではなく、こうなければならないということになってしまう。