心理的健康について 第45回 [2001/12/04]

第8章 神経症的自尊心(1)

 「身知らずの口たたき」と言う格言がある。身のほど知らずに大言壮語することである。
 よく「あの人は自尊心が強い」という。良い意味で言われるときもあるし、悪い意味で言われるときもある。よい意味で言われるときには誇りが高いと言うことであり、いきいきしているということであろう。悪い意味で言われるときの自尊心とは神経症的自尊心のことである。
 自尊心そのものを悪く言う人はいない。しかしどうも鼻につく人のことを「あの人は自尊心が強い」という。悪い意味で「あの女は自尊心が強い」と言ったら、その女性がいつも「私は軽い女じゃないわよ」と言う姿勢を誇示している等などであろう。
 「あの女は自尊心が強い」と言うときにはどちらかというと悪い意味で言われることが多い。ことにこちらから「あの女はどういう人ですか?」と聴いていないのにそう言うときには先ず悪い意味である。「あの人はリンゴが好きですか?」と聴いていないのに「あの人はリンゴが好きです」と説明する人は少ない。同じように聴いていないときにわざわざ言うときにはけなしていることが多い。
 では神経症的自尊心とはどういうものであるか。神経症的自尊心とは巨大な自我イメージを周囲に認めてもらおうとすることであるとアメリカの著名な精神科医のカレン・ホルナイが言っている。簡単に言えば虚勢を張っている心理である。
 神経症的自尊心の強い人は本当の自信を身につける機会がなかったのである。例えば、親から十分に愛撫されなかった。弱点をも含めて自分の存在を認められなかった。自信がないから神経症的自尊心で自分を維持しているのである。
 本当の自信は人との心の触れあいと達成感から生まれる。彼らは人と心が触れ合わないで生きてきた。信じるものがなかったから。
 人は劣等感があると人と心が触れあえない。劣等感とはそれを知らないのに「それ知らない」と言えない心理状態である。
 知らないことを、それ知らないと言えて相手と心が触れあえる。知らないことを「それなーに?」と聞けない。馬鹿にされるのが怖くて聞けない。それが触れあえない心理状態である。
 触れあえない、認められなかったどころか彼らは自らの弱点を蔑まれた。小学校にはいるともう受験競争が待っていた。成績がいいと誉められ、成績が悪いと叱られた。だから本当の自分を見つける機会がなかった。「私はこういう人間だ」というものがつかめなかった。
 そして親の期待を実現できないということで子供は傷ついた。親の子供への期待こそ親の劣等感の部分なのである。自分が学生時代に、成績で劣等感のある親ほど子供が良い成績だと喜ぶ。子供の求める栄光は親の劣等感の部分である。子供が求める「栄光」は親の劣等感の部分である。それを子供は気がつかない。



BACK← →NEXT
「心理的健康について」目次へ戻る
トップページへ戻る

このページに掲載されている記事などの無断転用を禁じます。

Copyright (C) 2000-2006
加藤諦三、加藤諦三研究室