心理的健康について 第26回 [2001/06/22]

第6章 体験の解釈の仕方(6)

 不満な人は皆、人が驚くような成功をしようとする。前回触れたような高齢者の様に人を恨んで居る人も同じ様に、人が「わー凄い!」と驚嘆するような成功を求める。しかしそうした人は自分がしていること自体が好きではないから、粘りがない。途中で障害が出てくると簡単に挫折する。驚くほどすぐに「出来ない」と諦めるのである。
 大きなことを言う人ほど忍耐力がない。困難と戦う力がない。派手な名声を求める人ほど、困難に弱い。何か障害があると、こちらが「えー?」と思うほどすぐに諦める。つまり大きなことを言う人ほど目的実現のためのエネルギーがない。

 前回触れた高齢者の手記の続きである。「北の海は足のネンザが完全になおらないでまけた。でも『足が不十分だったので負けた』とは決していわない。今、自分が与えられているのは自分の人生の不完全な足であり、いまは与えられている条件で戦えばそれでいいと考えているのだろう。愚痴をいっても人まねでもいけない。ほんものは、自分の与えられた条件で生きることだ。」
 この人はこう言いつつやはり行き詰まった自分の人生の具体的な解決策を何も考えていない。なぜここまで自分は苦しむのかという根源的なことを考えていない。ことここに至ってもなんとか簡単に苦しみを逃れる方法を考えている。だからこの人は「自分は人に求めすぎるのだ」と言うことに最後まで気がつかない。
 この人の生き方は、体が悪いときにレントゲンをとってきちんと原因を追及するのではなく、おまじないを唱えてくれる民間療法に頼ろうとしているのと似ている。自分は何もしないでおまじないを唱えてもらって治せるならそのほうが簡単でいいに決まっている。

 「今に生きるという生き方も駄目、理想に生きるという生き方も駄目。自分の条件にかなった目的をもって生きることが健康な人間のいきかたである」。
 まさにこの人に必要なのは「自分の条件にかなった目的をもって生きること」だったのである。それは「何でもかんでも人に求めない」ということである。他人に「こうして欲しい」「あーして欲しい」とばかり思っていないということである。
 人に対する要求が大きすぎるから「自分の条件にかなった目的」が見つからないということがこの人には最後まで分からない。このことに気がつくことが出来ればこの人は「人間とは、ここまで苦しむものか」と思うほど苦しまなくても良かったのである。



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加藤諦三、加藤諦三研究室