第三の基準は限定的か、包括的かである。「最後に、楽観的な人と悲観的な人では、自分の悩みごとをどの範囲まで広げて考えるかが違っている」(註、Christpher Peterson, Ph.D.., and Lisa M. Bossio University of Michigan, Healthy Attitudes: Optimism, Hope, And Control.)。その問題を別の方面にまで広げて(註、global)考える人がいる。新入社員は広告がとれなかったということを自分の仕事全体にまで広げて考えてしまった。会社にはいろいろの仕事があるはずだが彼は「私は何をやってもだめだ」と考えてしまった。さらに「自分の人生はダメだ」とまで広げて考えた。
他の社員は失敗を今回の広告取りという仕事だけに限定的(註、specific)に受け止め、その仕事以外のことにまで解釈を広げなかったし、仕事以外の生活にまで影響を出さなかった。
悲観的な人は、跳び箱が出来ないのに、石蹴りが出来ないとか、水泳が出来ないと思うに等しい。大学院で駄目だった人が政治家でもダメだと思う様なものである。