第二の基準は、よくないできごとを引き起こした原因が長期的に続くものと思っているか、あるいは一時的(註、unstable)なものと思っているかである。その新入社員は、この状況は変わらないと思った。つまり持続的(註、stable)なものと思った。変わると思えば絶望はしない。この苦しみはなくならないと思うから絶望するのである。
自分のうちに失敗の原因を求める人は、同じことをすればまた自分は失敗すると思ってしまう。根本的な欠陥が自分にあると考えれば、その様な解釈になってしまう。
平たく言えば無気力な人になってしまう。その新入社員は広告を取りに行けばまたとれないと解釈したのだろう。だから自分の仕事の能力に絶望したのである。そのうちに取れるようになるだろうとは考えなかった。
彼だって広告を取れるチャンスはあるに違いない。しかし悲観的な人はチャンスをチャンスと見ない。内的な解釈をする人は、どちらかというと持続的な解釈をしてしまう。その広告会社の他の新入社員の中の楽観的な人は、不運はいつまでも続かないと思ったであろう。
悲観的な人はチャンスが自分の家のドアをノックしているのに、気がつかない人である。チャンスが何度ノックしても気がつかない。チャンスは家の中に人が居ないのだと思って帰ってしまう。それなのに無気力な人は[チャンスが来なかった]と言う。