ではなぜ彼等は「それにふさわしい努力をしないのか」
一つには自分は特別であることを要求しているから。自分だけは死なないでいつまでも何時までも生きていたい。暴飲暴食しても、病気にならないで、いつも健康でいたい。健康になるために、ふさわしい努力をしなくても健康でいることを要求する。食べたいだけ食べて、運動もしない。そして太っている自分と痩せている人を見て不公平だと思う。運動しなくても自分だけはいつまでも若くいたい。
他人には自然の法則を当てはめるが自分にはこの様な当たり前の自然の法則を当てはめない。また高齢になっても若者と体力をきそう。
神経症者は原因と結果の関係を受け入れない。例えば人と自分を比較するときにその人がそれを達成するまでに払われた努力には注目しない。人がニコニコしていると、その人には悩みがないと思う。ニコニコしていても悩んでいる人は多い。それなりの努力をしてニコニコしているのである。ニコニコしているに、ふさわしい努力をしているから、ニコニコしていられるのである。
言ってみれば神経症者は常に人生のバイパスを走っている。困難のないバイパスを走っている。楽である。もともとの道には様々な障害がある。そしてその障害、困難で人は鍛えられるのである。障害、困難で人は強くなる。知恵のある人になる。
神経症者は心の底では自分が、バイパスを走っているのは望ましくないと知っている。しかしそれを認めたくない。自分は愚かだと知っている。しかしそれを認めたくない。今さら障害のある道を走ってきた人に勝てないと知っている。そこで妙に立派ぶってみたり、少年なら非行に走ってみたりとしている。あるいは逆に「あいつらは馬鹿だよ」と言っている。そして自分の神経症を悪化させてしまう。
「あいつらは馬鹿だよ」と言いながら、実は怖いのである。「あいつ等は俺の知らないこと知っているよー、怖いよー」と心の中で叫んでいるのである。