人がその悩んでいる人を避けるのは、その人の表面的にしていることが犯罪的だからではない。表面立派なことを言いながら、陰でずるく立ち回っているその態度、考え方が、イヤなのである。その生き方が何気ないふとした日常の仕草に表れるから、何だか知らないけど付き合いたくなくなるのである。口で言っていることが悪いことだからその人を避けているわけではない。口では立派なことを言いながら、その実見えないところでお金を儲けようとしているその生き方が何気ない口調に表れるからイヤなのである。その口調にずるさを感じて付き合おうとしないのである。
悩んでいる人は今自分の周りにいる人を責めるが、それはその人の長年の生き方の結果なのである。悩んでいる人は今自分の周りにいる人を恨むが、それはその人の長年の生き方の結果なのである。悩んでいる人は自分の周囲にいる人達を質が悪いと嘆くが、もし彼が人に見えないところでも誠実に生きて来たならば、今の人間関係は違っている。今自分の周囲にいる人達の質は違っている。長年にわたって自分がずるく立ち回って生きてきたから自分の周りにはずるい人ばかりが集まってしまったのである。「類は友を呼ぶ」とはまさにその通りである。誠実に生きている人は心の純粋な人を見分ける。動物的にかぎわける。
そして口先で立派なことを言いながら陰でずるく立ち回るような人からは誠実な人は遠ざかっていく。世間的な範囲の付き合いはするかも知れないが、親しい付き合いはしない。困ったときに助け合うような付き合いはしない。お互いに支えあいながら生きていくと言うような付き合いはしない。悩んでいる人は周囲の人が自分を助けないと言って怒って手紙を書いてくる。しかし自分も困った人を助けないで生きてきたから周囲にはそういう人が集まっているという反省はしない。
今人間関係で悩んでいる人が十年前に「もう、こんなずるい人達はゴメンだ」と言ってその人質から遠ざかろうとしていれば、今とは違った人間関係が出来上がっていたのである。しかし十年前にその人達は自分にとって何か都合いいところがあったのである。お世辞をいってくれるとか、共通の敵を陥れるためとか、一緒にいることが得になるとか、お互いに自分の醜い面を見ないようにしているとか、一緒にある人の悪口を言っていられるとか、一緒に「あんなものくだらない」とあることを蔑んでいられるとか、丁度非行少年が一緒にいるように何か自分を守るために都合が良かったのである。その「つけ」が今来ているのである。今の悩みの原因はこの十年間の自分の生き方の積み重ねの結果だということを理解しないと、本当の解決はない。
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