前回に続いて今回もカレン・ホルナイの言う神経症的要求の第三の特徴である「それにふさわしい努力をしないで、それを求める」について考えてみたい。
「水に入らずして向こう岸に達せし例なし」と言う格言がある。また「水をおおうて月影を求む」と言う格言もある。まさに神経症者の要求である。
ある女性高齢者である。母親の時に子供を放ったらかして自分の好き勝手なことをしていた。時には子供を虐待もした。燃えている薪を持って、「殺してやる」と子供を追いかけたこともある。息子が稼ぐようになってからは息子からお金を絞れるだけ絞って贅沢な生活をしていた。その母親は自分の子供を可愛いと思ったことは一度もない。
そして年をとってからは、今度は自分が高齢者という弱者の立場を利用してすごい要求を子供達にする。自分の面倒を見るのは子供の当然の義務と、子供達の世話になる。そして「私の知っている人で老人ホームに入った人は居ない。そんな冷たいことはさせない」と子供達に言う。
母親が母親の気持ちで子供と接するから、後に子供は子供の気持ちで年老いた母親の世話をしようとする。しかし神経症者は自分は母親としての愛情もなく、母親としての役目も果たさないで、年を取ってから、今度は子供に子供であることを要求する。
もし母親が母親として行動していれば、要求などしなくても子供は子供としての行動をする。子供は頼まれなくても喜んで母親の世話をする。義務としてよりも喜びとしては母親の世話をする。どう子育てをしたかが、年をとってからの親孝行に表れる。