心理的健康について 第10回 [2001/1/25]

第3章 神経症者の要求の特徴1(3)

 もう一つ、現実の空しさを埋めるためには、とてつもない夢がいい。現実の競争をすれば負ける可能性がある。今の現実では誰も助けてくれる人がいない。負ければ二重に苦しい。だから神経症者には現実的な目標がない。
 神経症者は周囲からの特別の「愛」を受けることが目的なのである。周囲の人から「わー、凄い」と注目されることが望みなのである。そうした特別の愛を得るためには具体的な計画はない。目的は漠然とし過ぎている。そこで神経症者は日々の生活がどうしても無計画になる。その場その場で心理的に楽なことをしてしてしまう。
 アメリカに贅沢三味の放蕩学生が居た。日本の高校でやっていかれなくなってアメリカの高校にきた。父親がお金があったのでアメリカの高校に留学させられた。しかしアメリカの高校でも、まともに勉強もスポーツもしなかった。高価な車を乗り回して、贅沢なレストランに入って、若者にはふさわしくない生活をしていた。若者にはふさわしくない高価なプレゼントを女の子にして、女の子の気を引こうとした。
 彼がなぜそんな馬鹿見たいな贅沢をしていたかといえば、日常生活の苦しさを紛らわすためである。現実の空しさを埋めるためである。彼は、求める愛が手に入らない苦しさを紛らわすために贅沢をしているのである。  人は具体的な目的があるから地道な努力をする。
 神経症者は友達が居ないと言いながら、自分から友達を作ろうとしないと言う。地道な努力をしていれば、愛は手に入るのに、手に入らないと神経症者は錯覚してしまう。実際の世の中では暗い顔をして、肩を落して歩いていれば、人は寄ってこない。友達が出来ないのは当たり前である。自分から歩み寄らなければ、人はきてくれない。しかし自分から歩み寄るのは神経症者にはきつい。自分に無理をしなければならない。リンカーンになれば人の方から寄ってきてくれる。リンカーンになれば無理しなくても自分の目的は手に入る。だから夢が「リンカーンになったらなー」と非現実的になるのである。

 そして非現実的な要求を持っている人ほど傷つき易い。自分が病気にになれば皆は見舞に来るべきであるという非現実的な要求を持っている人は皆が見舞に来なければ傷つき、怒る。あるいは落ち込む。普通の人はそんなことで傷つかないし、怒らないし、落ち込まない。
 自己蔑視した人は傷つき易いとカレンホルナイは言う。これは考えてみれば当たり前のことである。同時に神経症的要求を持った人も傷つき易い。
 「病気になったら」友達が見舞にきてくれると期待して、「病気になったらなー」と思っていた。その期待が裏切られて、「あいつに裏切られた」と言う。



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加藤諦三、加藤諦三研究室