第3節 き真面目な人と憂鬱
四十才の主婦である。「五年ぐらい主人とギクシャクしているんですよね。もう家庭内別居みたいなんですよ。」彼女は主人と顔を合わせたくない。夜も朝もご飯が出来ると、ご飯が出来ました、適当に食べてください、と言って自分の部屋へ引っ込んでしまう。ご主人は朝も一人で食べて出ていく。主人と一年以上一緒に食事していない。
口を聞くと言葉じりを捕らえた喧嘩しかない。そこで今は話をしない方が家の中は静かだと言う。
三年くらい前に手術をした時に、優しい心づくしがなかったと言うのがその理由である。彼女は体の調子が悪いのに、ご飯の支度をしている。それなのに主人はサークル活動をしている。
それまでは私は我慢して来ましたと彼女は言う。「夫婦喧嘩も好きでないので、子供の前でも十年も喧嘩をしませんでしたしね。私が我慢すればいいや、いつもそう思ってました」。それなのに「お前が悪いと言われると、私は何だろうなー」と彼女は思ってしまう。
彼女はその場その場でご主人に怒りを表さなかった。そこで憂鬱になる時も多かった。「自分はいさかいするのが嫌いだと言う気持ちが強いもんで」と自分の弱さを美化する。彼女は対立することが出来ない。不本意ながらも相手の言うことに従う。彼女は五年間いつも不本意ながらも譲歩してきた。そして怒りを貯め込んでいたのである。
彼女は「あの人は思いやりがない」と後になって非難する。しかし後で非難するより、その場で、私は思いやりが欲しいと言えばよい。しかしそれは言わない。何故か?それは怒りを我慢することで相手に罪悪感を抱けと秘かに要求する方が自分の恨みの気持ちにぴったりとするからである。
彼女は我慢しながらも主人が自分を理解してくれることを秘かに求めていたのである。さらに言えば、実は彼女はご主人に、私はこんなに我慢をしているのよと、罪悪感を持つことを要求しているのである。
ところが逆にご主人は私ほどいい主人は居ないと言っている。それが許せない。ご主人は「俺ほどいい旦那は居ないはずだ、少しは世間を知ってこい。俺は真面目だし、、」と言う。そこで彼女から見るとご主人は、「相手の気持ちをくみ取ってやろうという事が全くないんですよ」という事になる。
言葉もいつもお前が悪いと言う言い方しかない。気持ちのなかにぐさっときた。そこである日突然「あー許せないていう気持ちになってしまった.この人とこれから先も気持ちが合わないんですよ」。もともと気持ちが合わないのではなく、自分の気持ちを素直に表現しないことで「気持ちを合わなくさせた」のである。