心理的健康について 第69回 [2002/06/19]

第13章 行動と動機2(3)

 また、落伍者になることを恐れて頑張る場合には、私達はついつい頑張り「すぎる」。「かたち」を整えることに頑張り過ぎて、心の内容が伴わない。つまり恐れが動機で頑張るときに、人は何かを「し過ぎる」のである。
 頑張りすぎて燃え尽きる人は何となく生き方が下手なのである。頑張る割には努力の成果が上がらない。むしろ頑張ることで事態を悪化させている場合もある。彼らは「こんなに頑張っている」と思っている。でも皆から反発される。そして挫折していく。

 ところで自分の利益のために頑張っている人と、人の幸せを願って頑張っている人とでは頑張りの動機が違う。そして挫折するのはたいてい自分の利益のために頑張っている人である。自分が出世したくて頑張っている人と、人を助けるために頑張っている人とでは頑張りの動機が違う。
 鬱病者も努力している。でも自分のための努力である。友達のための努力でも、家族のための努力でもない。自己執着的努力である。
 家族の幸せのために頑張っている人と、自分が有名になるために頑張っている人とでは、頑張りの動機が違う。それなのに人はそれを一緒にして「あの人は頑張っている」と言う。だから「頑張って働いている人」も挫折するのである。
 そして人は、自分についても、動機を反省しないで「オレは頑張った」と言う。しかし自分が業績を上げるために頑張ったときに「オレは頑張った」と自慢することはないだろう。誰に頼まれたのでもないし、誰の幸せのためでもない。自分の利益のために頑張っただけである。
 頑張っただけの利益を享受することはいいが、自慢することではない。怠けた人間はその利益を享受しないだけである。怠けた人間が利益を享受しようとするのもおかしいし、自分のために頑張った人が頑張ったと偉そうにするのもおかしい。



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加藤諦三、加藤諦三研究室