人を育てる 第71回 [2004/05/05]

 「良い子」は明るく元気そうに見える。

 「良い子」は明るく元気そうに見えるが、実際は、淋しい。
 「良い子」は心は泣いているが、表面はいつも元気である。本人は自分の気持ちが本当は落ち込んでいるのに、元
気そうにしていることに自分でも気がついていない時さえある。
 不安から適応した子供は親の関心を引くために両親の要求にかなう行動をするから元気そうに見える時もあるが、
いつも自信がない。[はい、はい]と答えながら一人になると落ち込むことも多い。
 「良い子」の怒りは多くの場合、外へ向かないで内へ向くからどうしても本当の元気がなくなる。 
 防衛的性格としての明るい性格の人は前から見るととても明るく明朗である。しかし後ろ姿が物凄く淋しい。
 後ろから見るのと前から見るのとこれほど違うのかとその違いに驚く。見る人が見るとそれが分かる。そしてその
淋しい後ろ姿がその人の本当の姿なのである。その人の心の底を表現しているのはその淋しい後ろ姿なのである。
 過剰適応した子供は淋しいのである。そして自分では淋しいということに気が
ついていない。「良い子」は一人で生きていかれないから、関心を引くための明るさを誇示する。
 自分がある人は、他人の関心を引く必要がない。人は淋しいからこそ、依存的だからこそ周囲の関心を引く必要が
ある。自立してくると、ことさら他人の関心など引かなくても楽しく時を過ごせる。
 「良い子」の明るさは不安の防衛的性格である。従って「良い子」は自分が何を求めているかが分からない。何よ
りも愛を知らない。愛とは不安のないことである。
 こうしなければ好かれないかもしれないと不安なときには、その子は愛されていない。



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加藤諦三、加藤諦三研究室