人を育てる 第62回 [2004/01/24]

 愛されていると感じる時

 人が愛されていると感じるというのはどういうことであろうか。それはこんなことを話題にしてはいけないとか、こんな事を言ったら品が悪いと思われて嫌われるのではないかとか、こんな事をしたら軽蔑されるのではないかとか、そうした不安がないと言うことである。
 自分が欲しいものを欲しいと言っても怒られない、自分がしたいことをしたいと言ってもイヤな人と思われない、嫌いな食べ物を嫌いと言っても相手を傷つけない、それが安心感である。
 眠いときに「眠い」と言っても失礼と思われない、勉強が嫌いなときに勉強が嫌いといってもバカにされない、怖いときに怖いと言っても軽蔑されない、会社に行くのがいやなときに「会社に行くのがイヤだ」と言っても「だらしのない男」と思われない、それが安心感であり、親しさである。その様に感じるのが愛されているということである。
 いや、愛されているとは、自分が実際にだらしがなくて、だらしないと思われても見捨てられないと思っていられることである。自分が実際に怠け者でも相手は自分を好きだろうと思っていられることである。
 相手は自分の事を叱っても、怒っても、怒鳴っても、自分のことを好きであるという確信が崩れない。それが愛されているという安心感である。これをしたら相手は自分の事を品がないと思うだろうが、でも自分のことを好きだという確信が安心感である。




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加藤諦三、加藤諦三研究室