人を育てる 第36回 [2003/06/25]

 心の教育とは、気持ちいいなーと言う感じを体験させること。

 お風呂に入れながら「気持ちいいね、、」と話かけている母親と、黙って入れている母親とでは、子供の心の成長は違ってくる。笑顔でお風呂に入れている母親に「気持ちいいね、、」と話かけられて、子供は「気持ちいい」と言う感覚を身につけて行く。それは「おいしい」も同じである。ふだん使っている言葉の意味を五感と共に教えるのが心の教育である。
 食事の時に母親が餌を与えるように食事を与えて、その上で「早く食べなさい!」と言われる子供もいる。この子に「食事を美味しく食べる」意欲を持たせることは難しい。
 それにたいしてカレーを食べているときに「カレー、美味しい?」と母親と話しをしながら食べる子供もいる。そこでその子は「このカレーは美味しい」と判断するようになる。
 「毋なるもの」を持たない母親は、言葉のなかに含まれている五感を子供に教えていない。食べることと一緒になった「楽しい」と言う感覚を教えていない。子供はそれらの中で生きる楽しさを身体で覚える。
 例えば熱い食べものを母親は「フー、フーしながら食べようね、熱いからね」と教えてくれる。そう言う母親の保護があって、つまりそのようにしてお風呂に入れて、そのようにして食事が出来て、子供は満たされてはじめて生きることに前向きになれる。
 しかしそう言う母親が居ない時に子供は熱い飲み物をガバッと飲んでしまったとする。その時子供は世界をどう感じるだろうか。何となく危険に満ちていると感じないだろうか。

 心の教育とは、気持ちいいなーと言う感じを体験させること。爽やかな緑を見て、朝の風にあたって「気持ちいいなー」と感じる。その爽快さの体感が心の教育である。
 そういう「気持ちいいなー」と言う体感の積み重ねで、感動する心が育つ。感動できる人間になっていく。爽快な心地よさの体験の積み重ねで心が育つ。
 あるいは好きな花を見つけるのでもいい。これも同じである。いつも悩んでいる人は大好きな花などない。だから好きな花を見つけるのでいい。そしてその好きな花の匂いを一人楽しむことでもいい。



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加藤諦三、加藤諦三研究室